Episode 4

売却に隠された秘話

1980年初頭、G.Loomis社は、自社向けブランクとキャベラス社向けのブランクを生産していた。しかし、ゲイリーが作り出すブランクの品質の高さが知れ渡るやいなや、全米中のロッドメーカーがこぞってゲイリーにブランク製造を委託するようになった(より正確に言えば、全米のみならず世界中のロッドメーカーから注文を受けていた)。以下は当時を振り返るゲイリーの言葉である。

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一時期、私は、アメリカの全てのロッド・メーカーのブランク製造を請け負っていたんだ。それはまさに最高の日々だった。当時付き合っていた仕事仲間は今でも良き友達さ。だから、今回、ノース・フォーク・コンポジットで彼らともう一度仕事が出来てうれしいよ。それに、メイド・イン・アメリカを提供することにより、国内で新たな雇用機会も創出したかった。これもノース・フォーク・コンポジットを始めた理由の一つさ。

1997年まで、ゲイリーは、G.Loomis社を世界で最も成功した最も有名なブランク・メーカーであり、ロッド・メーカーに育て上げた。しかし、1995年、彼の人生を大きく変える不測の事態が彼の身に突然降りかかってきた。

95年に前立腺癌と診断されたんだ。信じられなかった。あまりのショックに一時医者に行くことさえ止めた。でも彼らは私が癌を患っていることを科学的に証明出来た。彼らは私にこう言ったんだ「単に癌を患っているだけでなく、既に転移も始まっている」と。そして、放射線治療が始まった。放射線治療に続き、彼らは、抗癌剤も投与した。そして、経過を見た。結果、PSA値は下がった。しかし、元の数値に戻るのにそんなに長くはかからなかった。そして、私は宣告されたんだ「余命18ヶ月」とね。

家族のために何か残すとするならば、今この段階で会社を売った方が良いだろうと思ったんだ。だから、1997年に決めたのさ、G.Loomis社を売るって。複数の会社からオファーを貰ったよ。何社かはシマノよりも高い値段を付けてきた。でも、私はどうせ売るならシマノに売りたかった。なぜなら、60年代からずっとシマノのリールを使い続けていたからね。それに、世界最高のリール・メーカーが世界最高のロッド・メーカーを所有していた方がいいだろうって考えたんだ。しかも、シマノは約束してくれたんだ、売却後5年間は今のビジネスを一切変えないって。私は、従業員の雇用機会も同時に確保したかったからシマノへの売却を決めたんだ。こうしてG.Loomisはファミリーの一員となったのさ。

この時、買収契約の一環として、シマノは、私に3年更新で新生G.Loomis社のコンサルタントとして働くようオファーをくれたんだ。もっとも、最初、彼らは5年更新を提示してきたのだけれど。だから、私は彼らにこう言ったんだ「私はそんなに長くはないだろう」ってね。でも、結果から言うと、10年以上に渡り、この関係は続くことになったのだけれど。

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